科学技術コミュ日記

モジュール6講義

農林水産省の「攻めの」広報戦略について(白石優生) / 野生動物にまつわる問題を報道すること(内山岳志) / 防災・減災のための雲科学コミュニケーション(荒木健太郎) / 共創の場作り 〜文化と経済の両輪で創造的にMIRAIを切り拓く〜(福島慶介) / CoSTEPの講義を振り返って(CoSTEP教員)

教室から見た中庭
教室から見た中庭

時が経ち、冬になり、雪景色の札幌です。上の写真は、実習が行われていた教室から見た中庭の様子ですが、春の様子は2023-05-21の日記で見ることができます。

モジュール6の講義は、12月から2月にかけて計5回ありました。これで全ての講義が終わりました。

モジュール6「社会における実践」講義

農林水産省の「攻めの」広報戦略について(白石優生)

農林水産省の公式YouTubeチャンネル「BUZZ MAFF」についてのお話でした(リアルタイムのオンライン講義)。

twitter、インスタ、YouTube、Tiktok、目まぐるしく変容を遂げるSNS時代に突入しているなか、日本の行政機関はSNSを上手に活用できるのだろうか。真面目でお堅い公務員は失敗を恐れずに、恥を恐れずにSNSの戦いの舞台に飛び込むことはできるのだろうか。委託なし、予算なし、職員の手作りで16万人の登録者を獲得した農林水産省「BUZZMAFFばずまふ」事務局の白石が「攻めの」SNS戦略について話します。

開講科目 – CoSTEP

SNSは予算に全く比例しない、これまで予算ありきでやってきた広報活動が、自分の人件費だけでできるということ。そして、それには「SNSのノリ」をわかっている人が必要である、という主張は、とても納得のいくものでした。

農水省によるSNSの取り組みは、当時の大臣だった江藤拓氏が推進した(ウェブサイトなんて誰が見るんだ、若者が見るアレをやれ)そうです。最初は皆、ビビって真面目なものばっかりやっていたそうですが、それを大臣が見て、せっかくやれと言ったのになんだこれはとなって、上司の許可はいらない、ファクトなど最低限のチェックで収めて、あとは若手の裁量で、となっていたとのこと。

炎上についてもよく聞かれるそうですが、これまでBUZZ MAFFで炎上はしたことがないそうです。「炎上をするのが嫌だから顔と名前を出さない」となりがちだが、「情報は出したいけど、リスクは受け付けないという姿勢」は、受け手には腹が立つ、というのは一視聴者としてわかります。受け手に対して誠実であること、顔と名前を出して「農水省の白石です」と言うと、そのリスクを引き受けてまで伝えたいということがあると取られて、炎上しない。リスクをとってる姿を見せること、覚悟を見せることが一番の炎上対策、と述べられていました。

カッコつけずに、噛んだりしたのも含め失敗も見せるとも言っていました。視聴者は、テレビのように完成されたものを見たいのではなくて、友達を見つけに来ているのだと。コメントなどにも次の動画でめっちゃ反応するなどと言っていました。

ターゲティングについても非常に意識していており、動画のほとんどは生産者ではなく消費者を意識しているそうです。その動画を、誰がどのようなときに見たくなるのかを考える。日々の生活で忙しい人が、わざわざ「農水省」とスマホで調べないでしょうと、その人たちに「BUZZ MAFF」で調べてほしい、と述べていました。

このような先例とともに、他の組織でもこのようなバズる取り組みは続いていくのではないかなと感じます。

野生動物にまつわる問題を報道すること(内山岳志)

北海道新聞の記者による、ヒグマやシカなどをはじめとする野生動物の報道に関するお話でした。

豊かな自然に囲まれた北海道には多くの野生動物が生息し、市民にとっても身近な存在です。北海道で暮らす魅力の一つとなっている半面、人との距離が近づいたことで、人にとって不都合な問題も起きています。札幌の市街地に出没したヒグマが人を襲ったり、エゾシカが農作物を食べるといった直接的な被害に加え、キツネのように人獣共通の感染症を媒介するものもいます。人口が減り、耕作放棄地が森に戻りつつある今、この問題は全道的に深刻さを増しています。取材通じて聞いた市民の声や専門家の意見に触れつつ、伝える側のメディアは何を考えて報道しているかを紹介します。また、道民に求められる情報リテラシーについても受講生と一緒に考えていきます。

開講科目 – CoSTEP

ユーキャン 新語・流行語大賞2023には、北海道に登場したヒグマのコードネーム「OSO18」と「アーバンベア」がトップ10に入ったそうです。

北海道は、動物との関係において、世界的にみても先進事例である、というようなことも述べられていました。私も札幌に引っ越してきて、市内でも「ヒグマ目撃」という掲示を見かけることがたびたびあって驚きました。

「クマはいた方がいいと思いますか?」「それはなぜでしょうか?」という問いかけもありました。生物多様性の観点からの肯定もあるでしょうが、NIMBYの話題でもあるでしょう。

ちなみにCoSTEPの同級生には、ヒグマを研究されている方もいて、その方から後で、科学研究者の視点からのお話を少し聞けたのも良かったです。

防災・減災のための雲科学コミュニケーション(荒木健太郎)

雲の研究をされている気象学者の方によるお話でした。

日本では豪雨や豪雪などによる気象災害が発生しており、雲科学研究を通して防災気象情報を高度化することが求められている。それと同時に、情報を利用する一般の人々には、防災情報を適切に扱うための科学リテラシー向上が必要である。などという上から目線の発想で気象や防災の知識普及をやろうとしても上手くいかないのではないか?受け身ではなく能動的な防災には何が必要なのか?そんなことを考えながら試行錯誤していますという話をします。

開講科目 – CoSTEP

今回は、気象学ではなく、コミュニケーションが主題のお話でした。

防災に関する講演などをしても、のちに事態が発生した際に「まさかこんなことが起こると思わなかった」となり、「防災情報の高度化だけではダメだ」と気づいたそうです。それには、一人ひとりの科学リテラシーが極めて重要であると。「受動的な防災」ではなく「能動的な防災」が必要であり、そして「防災は楽しくないと続かない」と述べられていました。

彼は、その科学リテラシーを育むアプローチの一つとして、「気象に興味を持つ」→「楽しみながら日常的に気象する」→「いざという時に備えられる」、という流れをあげていました。

かつての気象学を学ぶ本は、「数式だらけの教科書」もしくは「ふわっとした説明だけの写真集」のどちらかだったそうで、「この状況で興味を持つひとが本当に増えるのか?」と疑問を抱いていたそうです。このような状況は、多くの分野でよくある話でしょう。

荒木さんは、ご自身で書籍を執筆したり、さまざまなコンテンツの監修に関わられています。また、SNSでは多数のフォロワーを持ち、積極的に発信をされています:

荒木健太郎(@arakencloud)さん / X

講義では、SNSで発信する際にどのような表現をするかといった観点をかなり具体的に解説されており、実例を元にした興味深いものでした。上で述べたBUZZ MAFFともまた違ったテイストを感じました。

最後には「至る未来を思い描いて軸を持ち、自分に合った発信方法を模索すればサイエンスコミュニケーションを飛躍的に加速できる可能性」があると述べられていましたが、自身の得手不得手、対象とするトピックの特性や界隈の状況などによって、発信方法というものは多様な形を取れるのだろうなと思います。

共創の場作り 〜文化と経済の両輪で創造的にMIRAIを切り拓く〜(福島慶介)

小樽を拠点に、建築や街づくりの取り組みをされている方によるお話でした。

地域にはそれぞれ異なる文脈があり、様々な因果関係の総体として街=環境が存在する。定性的、あるいは定量的にそのメカニズムを読み解きながら、何を捨て何を得、そしてその選択がどのようなMIRAIを描くのか。色褪せたモザイクの港町、小樽を拠点に「文化と経済の両輪」を掲げながら活動する講師の実践を、(旧)岡川薬局からはじまり、いま最も市民が注目する旧北海製罐第3倉庫の保全・活用における共創の場作りを通じて紹介する。

開講科目 – CoSTEP

福島さんは工務店の社長としてさまざまな建築に関わっており、加えてクリエイティブディレクターとしても街づくりなどのさまざまなプロジェクトに関わっておられるそうです:

小樽は運河で知られています。昔には運河保存運動があり、2023年には運河完成100年を記念した「小樽運河100年プロジェクト」によるイベントが開催されていました:

小樽運河100年プロジェクト - 100年の想いを未来につなぐ。

そのお話や、解体されそうだった運河沿いの「旧北海製罐第3倉庫」、「湾岸振興PJ」などなど、多様な取り組みが紹介されました。

「良いクライアント + 良い業者 = 良い成果」で、市外から一流の業者を迎えても、市内のクライアントの理解が低いとダメ、そのため近年は両者の「繋ぎ」を重要視して活動されている、というお話が興味深かったです。その通訳者のような立ち回りの人は、良い成果に欠かせないのだろうな、そしてそれは容易ではないのだろうなと感じました。嫌な思いをすることもあるが、まちづくりってそういうもので、価値観の異なる人たちとやっていく、とも述べられていました。

小樽出身で、関東で活動されたのち、小樽に戻ってこられたそうですが、東京では代わりがいるから、などと述べられていたのも印象的でした。小樽は「もったいない街No.1」と仰られていましたが、多くの街々でも、そのように埋もれた価値のあることはたびたびあるのだろうなと思いました。

CoSTEPの講義を振り返って(CoSTEP教員)

最後の講義は、教員らによる、振り返りの回でした。

CoSTEPで開講された講義を振り返り、「科学技術コミュニケーションの思考」、「情報の分析と行動のための計画手法」、「科学技術コミュニケーション実践」に関わる知識や技能、そして実践事例のポイントをCoSTEP教員が解説していきます。本講義を通して、講義内容の理解を深め、一年間の学びの省察をし、今後の実践活動に関連付けていくことを目指します。

開講科目 – CoSTEP

諸事情で急遽オンライン開催になってしまったのですが、本来は受講生がワークシートに記入したりして振り返る予定だったようです。

この1年間に受講した講義や行ってきた活動の振り返りや、経験→暗黙知→形式知のお話などがありました。

教員の宮本道人さんが、「科学技術コミュニケーションにはさまざまな形があり、可能性はどんどん広がっていく」、「しかし過去事例を真似すると、ありきたりになる」、「未来の自分がやりたいことを考えて、今すべきことを逆算しよう」「自分にしか見えない世界の隅を探し、紐づける」などと、バックキャスティングのお話をされていました。

講義レポート

以下、モジュール6の課題レポートをここに公開します。

過去の日記でもたびたび言及している、岸田一隆『科学コミュニケーション 理科の〈考え方〉をひらく』(平凡社, 2011)という書籍に私は強く影響を受けていると思います。以下、改めて、第一章「科学コミュニケーションとはなにか」から引用(強調引用者):

もともと科学が好きな人や科学の高等教育を受けた人が科学コミュニケーションをする場合、動機が「科学のおもしろさや素晴らしさを伝えたい」ということであることが多いようです。ですが、相手の価値観は自分と同じではありません。出発点が「科学はおもしろい」では、共感・共有のコミュニケーションとしての成功はおぼつかないと思います。結局のところ、苦手な野菜に味の濃いドレッシングをたっぷりかけてごまかすやり方になりかねないのです。

(中略)

自然や宇宙や珍しい現象は多くの人にとっておもしろいものでしょう。ですが、これらはあくまで対象なのです。これらの「対象」を認識する「方法」にはいろいろあります。人間の単純な感情も、宗教も、文学や芸術も、認識の方法です。こうした方法のひとつとして科学があるのです。対象と方法をむやみに混同してはいけません。方法としての科学は、はたしておもしろいものでしょうか。懐疑主義に基づく科学的方法は果てしない努力を人間に強いることになります。そのため、科学に厳しく頑固なイメージを抱いてしまい、より神秘的な考えの方に魅力を感じる人も多いのではないでしょうか。

そこで、人間という生物として必然的な、人類全体が共有できる価値観の中身について考えてみましょう。これには二つ考えられます。それは「個人の幸せ」と「人類が集団として生き延びること」です。

(中略)

では、これらの価値観と科学とにどんな関係があるのでしょうか。それは、科学が実に強力なツールだったということです。個人の生存にとっても、人類全体の生き残りと繁栄にとっても、科学は実に大きな力を発揮してきました。おそらくは、今後の私たちの生き残りのためにも必要となるでしょう。ただし、いろんな難しい問題に直面している現在、私たちの強力な道具だった科学自体の見直しや位置づけも必要になってきています。「科学の側」と「そうでない側」で価値観が分離したままであったり、科学に無関心であったりしていては、人類にとって不利なのです。

課題

モジュール6の講義と、1年間のCoSTEPでの学びをふまえた上で,自分が将来科学技術コミュニケーターとして社会で活躍したいと考える状況と役割について具体的に、現実の課題に即して述べてください。(800〜1200字程度)

提出文

CoSTEPの「講義」では、科学技術に関わる様々な方々からの話を伺いました。具体的な科学技術に関するトピックも面白かったですし、また、ELSIやRRI、科学者の価値判断といった抽象的な話題にも、個人的には大いに興味を持ちました。

これらの講義を受けた上で、本科生同士で科学技術の問題点について深く議論する機会は、残念ながらあまりありませんでした。他方、有志によって非公式に開催したオンラインの「もくもく会」は、皆で黙々と講義を視聴した後、じっくり議論を交わす場で、理解を深めたり新たな視点を得る良い機会となりました。

「実習」では、ワークショップや展示の企画・開催に取り組み、サイエンスカフェなどのイベント支援も経験しました。

多くのイベントは、既に関心を持つ人々が集まることが多いため、興味を持たない人たちを引き込むためにはアプローチの根本的な工夫が必要だと感じました。さらに、多くの時間と労力を投じても、ほとんどのイベントが一度限りで終わってしまい、その後に強い影響を与えることや、議論を深めることが困難です。この点において、継続性は極めて重要だと思いました。

このような経験を踏まえ、科学技術コミュニケーションには、適切な「場」の創造が重要であると考えています。単なる内輪の集まりではなく、多様な界隈の人々を引き寄せることができるものであり、かつ、一時的ではなく継続性を持つものでなければ、科学技術コミュニケーションが社会に影響を与えることは難しいでしょう。

最初の講義では「科学技術コミュニケーションとは?」という問いがあり、私は「近代社会において、科学技術の知識を市民が共有し、より良い合意形成と意思決定を行うための活動」と述べました。この見解は今も変わっていません。社会に大きな影響を及ぼす科学技術について、好むと好まざるとにかかわらず、全員がステークホルダーとして理解し、取り組む必要があると考えます。

私はソフトウェアエンジニアとして働いており、この分野には「オープンソース」という概念があります。これは、ソフトウェアのソースコードを誰もが自由にアクセス、利用、変更できるようにする取り組みです。これにより、多くの人々が恩恵を受け、また、見ず知らずの人々が開発に参加することができます。大規模なコラボレーションのもう一つの良い例は「Wikipedia」です。ここでも、様々な人々が協働し、少人数や一つの組織では到達し得ないものを作り上げています。

これらは、コンピューターやインターネットによって可能になった「場」です。科学技術コミュニケーションにおいても、新たな技術を活用して、分野や地理的状況を超えて参加でき、継続的に、建設的な議論のできる適切な「場」が創造できるのではないでしょうか。またそれには、今あるブログやSNSよりも適した形があるのではないでしょうか。このような可能性の模索は、情報技術者の取り組みとして意義あるものだと思います。

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過去のモジュール課題レポートは、以下の日記にて公開しています:

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