科学技術コミュ日記

はじまりはじまり

須田桃子さんによる開講式特別プログラム「合わせ鏡の間に立って〜科学ジャーナリストの視点から〜」、STAP細胞事件と研究不正について。そしてウェルカムパーティー

開講式特別プログラムのポスター
開講式特別プログラムのポスター

さて、CoSTEPが始まります。よく晴れた空の下、どうなるのかなとドキドキしながら北海道大学へ向かいました。キャンパスを通ったことはありますが、建物へ入るのは初めてです。

会場は、フロンティア応用科学研究棟の鈴木章ホール。2010年にノーベル化学賞を受賞された鈴木章さんにちなんで名付けられたそうです。

この日は、

がありました。

鈴木章ホール

CoSTEP開講式特別プログラム「合わせ鏡の間に立って〜科学ジャーナリストの視点から〜」

CoSTEP部門長の川本思心さんによる開講のお話に続き、特別プログラムとして、科学ジャーナリストの須田桃子さんによるご講演がありました。これはCoSTEP生に限らず、一般の方々にも開かれたものでした:

2023年度CoSTEP開講式特別プログラム「合わせ鏡の間に立って〜科学ジャーナリストの視点から〜」を5月13日(土)に開催します – CoSTEP – 北海道大学 大学院教育推進機構 科学技術コミュニケーション教育研究部門

須田さんは物理学を専攻したのち、毎日新聞で科学分野の取材に従事、現在はオンライン経済メディアNewsPicksの副編集長としてご活躍されています。

特に何も考えずに聴き始めたのですが、興味深い内容で、そして分かりやすく、90分間ずっと惹きつけられました。一本の映画を見終えたかのようでした。

STAP細胞事件と研究不正

講演の主題は、須田さんが毎日新聞時代に取材した「STAP細胞事件」です。これを題材に、科学研究と研究不正、そしてジャーナリズムについて論じられました。須田さんはこの件について書籍にもまとめられています:

私は当事件について概要程度しか知らなかったのですが、その詳細について丁寧に解説してくださり、流れがよく分かりました。最前線で取材された方から伺うお話は迫力がありました。

特に、「論文が不正でもSTAP細胞が再現できればよい」というような流れへ当初なってしまったことへの指摘は重く感じました。科学研究という営みではなくなってしまうと。

また、「科学者の倫理・組織の論理」ということも仰られていました。講演後に川本さんも述べていましたが、組織を超えた責任について、科学コミュニケーションへ携わる上では深く考慮する必要があるでしょう。

須田さんが最後に紹介されていた、STAP細胞事件での理研の第二次調査委員会報告書にある言葉にはシビれました:

STAP細胞論文に関する調査結果について | 理化学研究所

不正防止が大きな流れになるためには、「捏造、改ざん、盗用」を重大な違反と考えるのは当然だが、それだけでなく「研究における責任ある行動」ないし「研究における公正さ」という観点から、より広い視野で研究者倫理を考え、教育を行う必要がある。そこで基礎となるのは、論文のインパクトファクターでも、獲得研究費の額でも、ノーベル賞の獲得数でもなく、自然の謎を解き明かす喜びと社会に対する貢献である。

「研究論文に関する調査報告書」p.31 (強調引用者)

講演の後半では須田さんと、CoSTEP教員の大内田美沙紀さんによる対談がありました。大内田さんは北海道大学へ来られる前、京都大学iPS細胞研究所に所属されおり、その時に毎日新聞時代の須田さんともやりとりがあったそうです。2018年に発覚したiPS細胞研究所での助教による論文不正事件を挙げて、STAP細胞事件の流れと比較しながら、このような事態が起こってしまった際の対応などについてお話されていました。

最後には質疑応答の時間があり、私も質問させていただきました。「このような研究不正を踏まえて、他分野と比べて生命科学の特徴があるか」などと尋ねたのですが、生命科学では「初期の段階では、その人にしかできない実験がある」などと言われることがあるそうです。他の人がやってもできなくて、その人ならできた、という。そのような性質が、不正にまつわる状況を難しくしているのかなと思いました。

ちなみに、私の専門であるコンピューターサイエンスの分野では、生命科学よりはシンプルに、プログラムとデータがあれば実験の再現ができるはずです。ただ、近年の統計的処理を用いた機械学習では、職人技によるパラメーター調整、という話もよくあります。例えば、深層学習技術などに取り組むPreferred Networks社による書籍『Learn or Die 死ぬ気で学べ プリファードネットワークスの挑戦』では、他の人がどうしてもできない実験をやってのける、ネット上の謎の職人musyokuさんという人が紹介されていて、最終的にその人へ連絡を取りジョインしてもらった、というエピソードが述べられていたと記憶しています。

科学研究とジャーナリズム

講演では、ジャーナリストと研究者の緊張感ある関係についても述べられていました。時には、相手が質問されたくないことを聞く必要もある。自身も人間なので辛いが、それがないと記者の存在意義がないだろう、長期的には甘く見られてしまうだろう、まとめるだけならChatGPTでもできてしまうだろう、というようなことを仰っていました。

また、須田さんは先に述べたように、新聞社を経て、現在はオンラインメディアへと活動の場を移しています。須田さんは、自著『捏造の科学者 STAP細胞事件』を読み返して、これは新聞社だからできたことだなと思った、現職では難しい、などと仰っていました。記事にならない取材などできるのは新聞社ならではだと。

例えば、ニュースアプリを提供するスマートニュース社による、調査報道を支えるエコシステムをつくる試み、スローニュースがありましたが、これも定額課金サービスとしては2022年に終了してしまいました。インターネット以降のジャーナリズムを、どう持続可能な形で形成していくのかは、まだ皆が模索中なのかなと思います。

他方で、オンラインメディアだからこそリーチできる層もあるでしょう。オンライン経済メディアのNewsPicksで科学ジャーナリズムをやるからこそ、届く人達もいるのかなと思います。また、デジタルメディアだからこそできる表現もあるでしょう。NewsPicksはグラフィックが豊富、という指摘もありました。

私個人としては、デジタルメディアだから可能な表現、例えばインタラクティブなデータ可視化などに興味があるのですが、この分野は、米国ではニューヨーク・タイムズ、日本では日本経済新聞(日経ビジュアルデータ)が特に先導してコンテンツを作り上げていっているように思います。どちらも新聞社ですね。新聞社だからこそ、取材力があるし、そしてジャーナリズムへリソースを投入する判断ができるのでしょう。また彼らは、紙媒体からの脱却、デジタルへの転換という観点から、こういったデジタルならではのコンテンツへ注力していっているのかと思います。

2023-06-04追記: CoSTEP公式ブログでも、当講演のレポートが公開されていました: 2023年度CoSTEP開講式特別プログラム「合わせ鏡の間に立って〜科学ジャーナリストの視点から〜」を開催しました – CoSTEP – 北海道大学 大学院教育推進機構 科学技術コミュニケーション教育研究部門

ウェルカムパーティー

講演のあとは、受講ガイダンスを経て、場所を移して2023年度CoSTEPのウェルカムパーティーがありました。会場は、キャンパスの正門前にあるカフェdeごはんです。

カフェdeごはん

スタッフと受講生、あわせて40名近くはいたでしょうか。コロナ禍で直近はこのような場を設けることができず、ウェルカムパーティーも3年ぶりとのことでした。

自身の所属する本科実習班の方々をはじめ、教員の方々や、他の本科生、そして選科の方々とお話しできました。このために内地(北海道外)から来られた方も多数おられました。

異なる来歴の方々が、それぞれ何かしらの思いを持って、わざわざ、このCoSTEPへ来ています。それがとても面白いなと思います。

学生もいれば社会人もおり、バックグラウンドや専門も多種多様。2時間の会で、多くの方がいたため、それぞれ沢山は話せませんでしたが、これから1年間、たっぷりとその機会はあるでしょう。どうぞよろしくお願いします 😸