科学技術コミュ日記

北大祭で科研費を争奪

CoSTEP卒業生による「カケンヒカードゲーム」の出展をお手伝いして、とても楽しく、そして学びがあったという話

カケンヒカードゲーム体験会が行われた教室
カケンヒカードゲーム体験会が行われた教室

金曜日から日曜日へかけて、北海道大学では第65回北大祭が開催されていました。

土曜日は、昨年度のCoSTEP受講生らが出展する「カケンヒカードゲーム」のお手伝いをしてきました。

「科研費」ってなに?

「科学研究費助成事業」、通称「科研費(かけんひ)」は、文部科学省の外郭団体、日本学術振興会(JSPS)による研究資金です。研究課題を広く募集し、それらが審査され、採択されたものへ資金が配分されます:

科研費は、我が国最大規模の競争的研究費制度です。(令和4(2022)年度予算額2,377億円)。令和3(2021)年度には、主な研究種目(※2)において約9万5千件の新たな応募があり、このうち約2万7千件が採択されています。既に採択され、数年間継続している研究課題と併せて、約8万4千件の研究課題を支援しています。

日本学術振興会『科研費パンフレット2022』, p.2

科研費は、国内の多くの研究者にとって研究を進める上での重要な資金です。

例えば、「地理空間と言語処理」に関する研究者や開発者が集うコミュニティ「Geography & Language」を一緒にやっている、奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)の大内啓樹さんは、 「文章中の人物の移動軌跡を実世界の地図上に接地するための基礎研究とその応用」 という研究課題が2022年度の「科研費基盤研究(B)」に採択され、これをもとに当領域の研究を進められています(ちなみに彼はこのテーマがひらめいた時、「これは絶対に科研費通るッ!」と確信して、興奮で夜中に机の周りをぐるぐると歩き回ったそうです):

「カケンヒカードゲーム」ってなに?

さて、その科研費を元に、昨年度(2022)のCoSTEP受講生(本科ライティング班)が発明したのが「カケンヒカードゲーム」です。

トランプカードに書かれたフレーズを組み合わせて「研究テーマ」を生み出し、カケンヒの採択を目指すワードゲームです。

それぞれ新規性・革新性・卓越性のある「予算が取れそうな研究課題名」を作成し、プレゼンします。それに対して他の人たちと質疑応答を行い、最終的にどのテーマを採択すべきか多数決で決める、というのが基本ルールです。

他には「モンカショウルール」という、審査員(親)と研究者(子)を決めて、親が提示するお題に沿って子が研究テーマを作成し、最終的に親がどの研究テーマを採択するか決めるというルールもあります。

シンプルなゲームですが、やってみるとなかなか白熱します。

例えば …

「コンピュータ / による / 総合的な / 健康 / の / 実現」という組み合わせ

上の例は、北大祭でプレイした際に私が提示した「コンピュータ/による/総合的な/健康/の/実現」という研究テーマです。

この時、モンカショウ(親)の指示は「実現可能な研究(資金はあまりない)」でした。

私はこのテーマについて「近年のスマートウォッチなどにより収集されているデータを活用する」というようなプレゼンを行いました。

それに対して、モンカショウや他のメンバーから「ハードウェアは開発しないのか」「総合的とはどういうことなのか」「新規性が足りないのでは」などとさまざまな観点の質問が飛んできます。

投げられた質問へ、「ハードウェア開発までを含めるのは資金規模的に難しいため、取得後のデータ活用のみを対象にする」「ユーザーへのフィードバックのみでなく、医療分野の基礎研究への活用など広い観点で取り組む」「現在はデータの蓄積は進んでいるが、その活用はまだ初期段階だと考える」などと、なんとか回答していきます。

結局この回では、当提案は「新規性が不十分」とモンカショウに判断され不採択で、「AI/と/高信頼の/サイバー/社会/関係」という、ニーズの高まりが顕著で、資金もあまりかからなそうでかつ実現可能性の感じられるテーマがカケンヒを獲得しました …

関連情報

ゲームの詳しい説明は、製作陣による以下のページをご覧ください。カードのデータも一般公開されており、印刷すればご自宅などでも遊ぶことができます:

ちなみにカードに書かれているフレーズは、実際の科研費研究から取られているそうです(ただジョーカーカードには「魂」「アポカリプス」「予言」など、一風変わったフレーズが掲載されています)。

また、解説動画も作成されています:

また上記の他にも、作成したCoSTEP受講生の方々によるレポートなどもあります:

北大祭でのカケンヒ体験会

今回の北大祭では、カケンヒカードゲームの製作陣による無料配布&体験会が催されました。

それに関して「人手が足りないのでボランティアを募っている」という連絡が今期のCoSTEP生へ回ってきたので、せっかくの機会、興味本位で参加してみることにしました。

出展部屋の入り口

参考: 今週末は北大祭!カケンヒカードゲーム体験会で、私も出店いたします! | 働きながら大学院合格 毎年看護師をCNSコースへ輩出 社会人のMBA・早慶・北大大学院・OBS受験に対応 1対1大学院合格塾ゆう 株式会社藤本高等教育研究所(藤本研一さん)

一応は解説記事や動画を見ていきましたが、よくわからぬままの参加で、また初めてお会いする先輩方。少しドキドキしながら向かいましたが、終わってみると、とっても楽しい時間で、また学びも多かったです。

当日、私は最初に少し、皆さんに教えてもらいながら実際に遊んでみて、その後は、訪れた方々へゲームの説明をしながらのプレイと進行を担当しました。午前中はそこまで人が来なかったですが、午後になるとドドドと来訪が連なることもあってかなり盛況で、その場にいる人では手が回らない時間もありました。

遊んでくれた方々のほとんどは「科研費」という言葉を聞いたことがないと仰っていて、「何かゲームをやってるらしいから入ってみよう」ということで入ってきてくれました(中には「科研費落ちました…」という方もいらっしゃいました)。

私自身が最初にプレイした時は、「おおっ、これは面白い!盛り上がる!」と感じたのですが、それは私が少しは研究の世界にいたからなのかなあとも思っていました。しかし、私はこの日、数十名の様々な方々とプレイしましたが、どの組もそれぞれ独自の形で盛り上がって、最後には「いや〜楽しかった」と言ってくれる方が多かったです。これは私には少々意外で、ゲームという方法はすごいものなあと実感しました。とにかく皆、喋る、喋る。そしてツッコむ、ツッコむ。北大祭というハレの雰囲気もあるでしょうが、それにしても盛り上がりました。

来場された方のツイートもいくつか見られました:

「カケンヒカードゲーム」の意義

このゲームは楽しく、盛り上がります。しかしそれは「科学技術コミュニケーション」という観点から、どのように捉えられるでしょうか。

このゲームが開発されていった経緯が、以下の記事で紹介されていました。ドキュメンタリーとしても面白く興味深いものです:

『カケンヒカードゲーム』開発秘話 ~企画3分、制作3カ月の裏側~ – CoSTEP – 北海道大学 大学院教育推進機構 科学技術コミュニケーション教育研究部門

その中で、CoSTEPスタッフの川本思心さんに「それってサイエンスコミュニケーションと言えるの?」と、そもそものゲームの意義を問われたというエピソードが述べられていました。これは確かに妥当な疑問でしょう。

その問いに対し、製作陣は以下のように結論づけたそうです。非常に良いなと思ったので、少し長いですが引用します:

結論として得たゲームの意義は「研究タイトル発表を通し、科学的対話のきっかけにしていく」こと。何も変わっていないように見えますが、中身は違います。確かに「架空のタイトルを発表して説明する」のみではサイエンスコミュニケーションと言えません。しかし試遊を重ねるうちにある傾向が見えてきました。

まずカードゲームを通じて対話が増えること。考案した課題名の魅力を伝えるため、自然と口数は増します。他プレイヤーが感想や意見・質疑を口に出せば、それは対話に繋がります。ここで重要なのが、研究課題に対するツッコミです。

例えば「超タンパク質ウイルス技術の実現」というテーマを考案し「ウイルスが作るタンパク質を使って……」と説明したとします。すると質疑の段階でツッコミが入る訳です。「ウイルスは細胞と違ってタンパク質を自分で作れません。あなたの言う超タンパク質ウイルスとは果たしてウイルスと言えるのでしょうか?」といった具合に。他のプレイヤーをゲームに勝たせまいと妨害を試みるほど、自然とそのツッコミは「科学的な急所」が有効になる訳です。

ツッコミに限らず雑談に繋がっても良いでしょう。ゲームが面白ければ初対面同士の緊張を解きほぐすアイスブレイクに役立ちます。異分野の人間が集まる場所で遊べば、それぞれの専門性がゲームを通じて飛び出すかもしれません。

「科学的コミュニケーションをしよう」と誘ってもまずうまくいきませんが、「ゲームをしよう」なら気軽に誘えます。そのゲームが面白く、無自覚ながら結果的にサイエンスコミュニケーションへ繋がるのであればまさに理想形です。「カケンヒカードゲーム」はそのきっかけ作りに活用してもらいたい、目的が統一されました。

『カケンヒカードゲーム』開発秘話 ~企画3分、制作3カ月の裏側~ – CoSTEP – 北海道大学 大学院教育推進機構 科学技術コミュニケーション教育研究部門(2023-06-04取得)(強調引用者)

例えば、サイエンスイベントを開催したとして、ここまで全員が発言し、盛り上がるのはなかなか難しいのではないでしょうか。またそもそも、そのようなイベントへ足を運ぶ人の多くは、すでにその対象へある程度以上の関心があるのかなと思います。そうでない圧倒的大多数の人々を、より多く対話の場へ巻き込んでいくには、このような形式も有効なのではないでしょうか。上で述べたように、北大祭で来場した多くの方々は「科研費」ではなく「カードゲーム」に興味を持って入ってきてくれました。

このゲームでは、自ずとそれぞれの発言が促されます。自身がプレイヤーなので、当事者感があります。また、ルールが非常にシンプルです。これは意図的にそうなっているようです:

当初は他に「勝者はインパクトファクターと論文数のサイコロを2回振り、出た目の乗算をポイントとして得る」「カケンヒ申請!と宣言したプレイヤーから研究課題を発表、宣言が成功すればボーナスポイント」といったルールも候補に挙がりましたが、ゲームが複雑化するため削除。

『カケンヒカードゲーム』開発秘話 ~企画3分、制作3カ月の裏側~ – CoSTEP – 北海道大学 大学院教育推進機構 科学技術コミュニケーション教育研究部門(2023-06-04取得)

そのシンプルさゆえに、結局はとにかく、それぞれがフリースタイルに喋る、喋る、ツッコむ、ツッコむ、ということがたくさん自然発生する、良い土壌になっていると私は感じました。いきなり「では、科学技術のXXXについて皆さんで話しましょう。どうぞ!」というのはかなり難しい。そういった対話のタネとして、呼水として、このゲームが活きるのではないでしょうか。

今回参加してみて、たくさんの見知らぬ人々とプレイして、単純に楽しかったですし、そして質疑の応酬でハッとすることも多々ありました。

確かにこのゲームでは、詭弁の応酬や、大喜利大会になることもままあります。しかしそこには(一応だとしても)研究テーマを提示し議論するという枠組みがあります。それによって、研究という営みや、科学技術というトピックを身近に感じ、考えたり、対話するきっかけとなるでしょう。これが、研究室で行われるのであれ、家庭や飲み会で行われるのであれ、まずは「対話に火をつける」という点で、素敵な発明だと私は思います。

祭りの夜

体験会は18時に終了予定でしたが、時刻を過ぎてもまだ来訪がありました。私はこの日のみのお手伝いですが、CoSTEP18期チームの皆さん(ライティング班、および別班のボランティアの方々)は翌日も出展されます。

ちなみに、ゲームの完成度も素晴らしいですが、チームの雰囲気や連携も素晴らしく、現CoSTEP生の私としては先輩方を羨む気持ちにもなりました。

暗くなっても、まだまだ北大祭は続きます。

コロナ禍のため、2020年は開催中止2021年はオンライン開催、そして昨年の2022年は入場規制があり、4年ぶりの完全復活です。学生の方々も盛り上がったのではないでしょうか。

出店の様子

チームのうちのひとりと行く方向が同じだったので、お話をしながらぶらぶらと一緒に、農学部の燻製を買って食べ歩いたり、北大ヒグマ研究グループのブースでヒグマの毛皮を撫でたり、留学生の出店でウズベキスタン料理を食したりしました。

イチョウ並木では、ライトアップが行われていました。秋に開催される北大金葉祭というイチョウ並木イベントの出張企画だそうです:

出張金葉祭

6月ですが日の暮れたあとは寒く、嗚呼、北海道だなぁと思いました。

とても楽しいひと時でした。皆さん、ありがとうございました 🎴