科学技術コミュ日記

人の話を聴いていない

インタビュー演習その1(西尾直樹)。氷山のように探り、象のように描く

演習が行われた教室
演習が行われた教室

さて、週末の開講プログラム(土曜日日曜日)を経て、水曜日。初めての「演習」です。

演習は本科生が受講するもので、基本的に水曜日の夜に実施されます。一部は選科生も受けることができます。演習の一覧と概要は公式サイトで確認できます:

開講科目 – CoSTEP – 北海道大学 大学院教育推進機構 科学技術コミュニケーション教育研究部門

今年度の演習は以下9種類です。それぞれ、2~3回にわたって開催されます:

18時半からの開始に少し先立って北海道大学のキャンパスを通ったら、学生さんたちがそこかしこに大勢いて賑わっていました。後ほど、演習に参加されていた北大生の方に聞くと「この時期はまだみんな意識高いので沢山いますね。どんどん減ります」などと仰っていました(笑)

今回の演習は、西尾直樹さんによる「インタビュー演習」です。これは今週と来週の全2回、開催されます。

聴き綴り士、西尾直樹さん

西尾さん(NIPIOさん)は、数年前までCoSTEPの教員をされており、現在はCoSTEPフェローになられています。私が所属する「ソーシャルデザイン実習」という括りも、彼が始めたんだそうです。

西尾さんは「聴き綴り士」として、様々な方々へインタビューされています。始まりは、300日で300人の研究者インタビュー映像を配信するという狂気じみた取り組み「研究者図鑑」だそうです。「1日でも途絶えたら即クビ」という企画です:

「図鑑」インタビューの発案者が科学技術と社会の現場を橋渡し – SciBaco.net

その後、このフォーマットは福津京子さんによる「札幌人図鑑」へと暖簾分けされており、こちらはこれまで1,900人以上(!)が紹介されています。

私はこの札幌人図鑑をたまに見ており、ちょうど先日、西尾さん自身が逆取材されている動画も視聴したところでした。先日のウェルカムパーティーでお見かけした際には「YouTubeで見た人だっ!」とテンションがアガってめっちゃ話しかけてしまいました:

ちなみにこの札幌人図鑑には、現CoSTEPスタッフの朴さんも出演されています(第1290回 北海道大学CoSTEP特任助教 朴炫貞 さん - YouTube)。他にも、私が現在所属するMIERUNEという会社の代表も出演しており、入社検討時に大変参考になりました(第1582回 株式会社MIERUNE 代表取締役 朝日孝輔さん - YouTube)。

西尾さんはその後、北海道大学のウェブメディアいいね!Hokudaiにて「北大人図鑑」なども実施されています:

#15 北大人図鑑とは何なのか? 仕掛け人、NIPIOさんに聞いてみた[北大人図鑑番外編] – いいね!Hokudai

研究者図鑑も札幌人図鑑も、物凄い数が行われており、インパクトがあります。「質量転化」と西尾さんが仰っていましたが、なんとなく書き始めて4日目のこの日記も、進むにつれてなにかになるかなぁとぼんやり思います。

西尾さんの研究者インタビュー活動は、当初「研究紹介」だったのが、「研究者紹介」へと変わっていったそうです。現在・過去・未来と、その人のストーリーを聴くことで、専門的な内容も共感できるということでした。

そういえば、コンピューターサイエンス(機械学習分野)の研究者をゲストに招くTalking Machinesというポッドキャスト番組を昔聴いていたのですが、毎回のゲストへ尋ねる最初の質問が “How did you get where you are?”(どうやって今の場所にたどり着いたの?) で、論文などからは窺い知れない話がとても興味深く、ここでしか聴けないステキなコンテンツだなあと思っていました。

講義とワークと

演習では、参加者の空気をほぐすチェックインから始まり、西尾さんによる講義と、いくつかのミニワークが行われました。なんとなくやっている「聴く」「問う」という行為について改めて考えたりやってみる機会で、想像以上にハッとすることがありました。そして単純に楽しかったです。

そもそもインタビューってなんなのでしょうか。英単語の「Interview」は、“Inter” “View” 、つまり「お互いに」「見る」ということで、語源としては古いフランス語の entrevue 、これは entre- (between)と voir(to see)から来ているそうです(参考: etymonline)。これは「ヒアリング」とは異なり、「相手との相互作用(インタラクション)から引き出されるもの」と述べられていました。

ワークの一つに「お地蔵さんゲーム」というのがあり、これは二人一組で、まず「目線を合わせず、頷きや相槌もしない」地蔵スタイルで話を聴いた(聞いた)あと、次に「頷いたり相槌を行う」傾聴スタイルで聴いてみる、というものでした。相手が地蔵の時は想像以上に苦しくて、ふりかえりで「『もう話すことないです』って言っちゃいました」などと仰っている方がおられましたが気持ちがよくわかります。これは極端な対比としても、聴き手の態度が語り手へ与える影響は大きいのだなあと実感しました。

インタビューにおける4原則

ロジャーズの3原則と「好意的関心」のお話も、興味深かったです。

臨床心理学者のカール・ロジャーズによる傾聴のための3原則というのがあって、これは「共感的理解」「無条件の受容」「自己一致(聴き手も自身の気持ちを大切にする、分からないなら素直にそう伝える)」というものだそうです。

西尾さんはこれに加えて、インタビューアーとしての基本姿勢として「好意的関心」、相手に対して積極的に関心や興味を持つこと、要はその場を楽しむこと、が第4の要素としてあるだろうと仰っていました。カウンセリングはまた別だろうが、インタビューだとそれがあるだろうと。確かにカウンセリングと異なり、インタビューにおいては、そのような積極的な姿勢が必要とされるだろうなと思います。

沈黙、言語的追跡

「沈黙」についてのお話も、ハッとしました。「言葉が途切れても介入しない」こと、それは話し手が自己洞察する時間にもなると。私は無言の時間が怖くて、相手が黙るとついつい言葉を重ねてしまいます。しかし、それではお互いに反射的なコミュニケーションになってしまうと。たしかになあと思いました。

また、「言語的追跡」、相手が話そうとする話題についていき、こちらから飛躍させない、ということも、私はついつい自分が聴く側ながら話題を変えてしまったりするので、特にインタビューの場においてこれは重要だなあと思いました。

話を聴いていない

講義では「自分のことを話すばかりになっていないか」「相手の話を聞き流したり、思い込んだりしていないか」といった観点も言及されていました。会話していて、相手が話しているときでも聴いているようで、自分が次に何を言うかを準備して待っているだけ、ということが私はよくあります。これはコミュニケーションとしてはうまくないなあと思います。

そういえば昨年、Kate Murphyというジャーナリストによる『You’re Not Listening』(邦訳: 『LISTEN 知性豊かで創造力がある人になれる』(日経BP, 2021))という本を少し読みました。ここでは「人がいかに話を聴いていないのか」ということが述べられています。そして、ちゃんと話を聴いてもらえることはとても貴重で、それは語り手へ大きなインパクトがあると。「聴く」というのは誰もが自然とやっているようで案外、訓練が必要だったりする(歌ったり走ったりする行為みたいに、練習でよりよくなれる)ものなのだろうなあと思いました。

「氷山のように探り、象のように描く」

知の「探索」と「深化」、両者を求める「両利きの経営」という考え方があります。それを踏まえて西尾さんは、相手の「専門性を深掘りする」「多面性を可視化する」という「両利きのコミュニケーション」を提唱されていました。それを表す彼のフレーズが「氷山のように探り、象のように描く」です。

「氷山」という捉え方はシステム思考から来ているようです。研究や活動の内容を分かりやすく伝えることも重要だけれども、それは検索エンジンやChatGPTでもできてしまうだろうと。その時に、人や物事の根源を探究し、奥底からの、まだ表に出ていない情報、それを引き出すことに価値があるだろう、と仰っています。

もう一方の「象のように描く」ですが、これは群盲象を評すという寓話を引き合いに出しています。盲人達がそれぞれ象🐘の一部分だけを触り、それぞれ全く異なる感想を語る、という話で、「一面だけを見て、全て理解したと錯覚してしまう」ということを表しています。インタビューでは、多面的にアプローチして、立体的な話を導き出すのがよいだろうと。

インタビューの視聴者・読者としては確かに、プレスリリースのような内容ではなく、そこでしか見られないものに価値を感じますね。インタビューする側として実践するのはなかなか難しいでしょうが。

インタビューと脱線と

質問をキッチリ設定して順番に聞いていく「構造化インタビュー」(Google社の採用面接などでも用いられている)と比べて、いくつかの質問項目は用意しつつ相手の反応に合わせて問いを追加していく「半構造化インタビュー」についても紹介されていました。

ラジオを題材にした『波よ聞いてくれ』という漫画に、以下の台詞があります:

ラジオのお客さんて
どこかしら話し手の脱線を待ってるところあるじゃないですか
ゲストの脱線を律儀に修正するタイプの話し手さんと 以前仕事をさせてもらった事あるんですけど
もうね……
いちいち細かくて「でも それは今回のテーマと外れますから」とか言って
あれ シラけるんですよねー
「あ… この番組 最後まで自分の期待を超えることないな」って先にわかっちゃって

沙村広明『波よ聞いてくれ 5巻』(講談社, 2018), 第34話, p.40

上の気持ちは私もよく分かります。

目的や状況に応じて、適した形は変わるのでしょう。例えば採用面接では、複数の候補者を比較するために構造化された形が良い、などなど。

お仕事での顧客との会議や、社内での1on1(上司と部下が一対一で行う面談)でも参考になるかもしれません。状況によっては、決められたアジェンダをこなしていくのではなく、話が広がったり脱線するのを止めないことで、既存の枠組みでは出なかった話が浮かび上がってきて、新たな知見を得られるかもしれません。

様々なインタビューのかたち

昔、”プロインタビューアー”の吉田豪さんによる書籍を読んだ時に、以下のような一節がありました:

それが藤圭子が亡くなったことで遂に刊行された(『流星ひとつ』二〇一三年/新潮社)からさっそく読んでみたところ、いきなりこんなやり取りが飛び出してきたのだ。沢木耕太郎に「インタヴューは嫌い?」と聞かれて、藤圭子はこう答えていたのである。
「好き、ではないな」
「いつでも、同じなんだ、インタヴューって。同じ質問をされるから、同じ答えをするしかないんだけど、同じように心をこめて二度も同じようにしゃべることなんかできないじゃない。あたしはできないんだ。だから、そのうちに、だんだん答えに心が入らなくなってくる。心の入らない言葉をしゃべるのって、あたし、嫌いなんだ」

吉田豪『聞き出す力』(日本文芸社, 2014)

インタビューされる側によっては、こういうこともままあるのかなと思います。このような状況では、やはり異なるアプローチが求められるでしょう。これをさっき読んでいて、パティ・スミスというミュージシャンのこんなエピソードがあったのを思い出しました:

ある時、彼女が雑誌に依頼されてローリング・ストーンズのインタビューにでかけたという(別の人の説では、『ローリングストーンズ』誌の依頼でだれぞにインタビューに出かけたということになっている。が、その子細はここでは重要ではない)。彼女が雑誌がらみの仕事をしていたのは、ミュージシャンになる前の頃の話なので、おそらく70年代冒頭のことだろう。で、他の雑誌やメディアが持ち時間をめいっぱい使い、ここぞとばかりストーンズをつまらない質問責めにしている中で、パティ・スミスはおもむろにあらわれ、前置きなしに質問を一つだけ発し、その答えが返ってくると即座に機材をまとめて帰ってしまった――

山形浩生「パティ・スミスのこと」(2023-05-17取得)

これはちょっと特異な例にしても、インタビューって、相手や目的、状況によって色んなかたちがあっていいよなあ、と思いました。

ちなみに西尾さんは「インタビューを何百回もやっていても、ノックする時とか最初は緊張する」などと仰っていました。それだけやっても、そういうものなのだなあ。

ここでいくつか紹介した以外にも、インタビューにまつわる様々な話題が述べられた時間でした。さて、来週のインタビュー演習第2回は、もっとたくさん話す、ワーク主体の時間になるそうです。今日学んだことを少しでも活かしてみる機会にしたいですね 👂