科学技術コミュ日記

In between

モジュール4「科学技術の多面的課題」講義: 感情的理解のためのアプローチ(池田貴子), サイエンスを想像するアートと、社会を創造するジャーナリズムの間にあるもの(森旭彦), 巨大科学と実験室科学を対象とする科学技術コミュニケーションの実践と課題(笠田竜太), 建築・都市におけるAIとビッグデータの可能性(吉村有司)

北大イチョウ並木の晩秋
北大イチョウ並木の晩秋

もう冬です。札幌は今日(11月24日)、雪が降って、積もり、街があっという間に真っ白になりました。

10月と11月には、モジュール4「科学技術の多面的課題」講義、計4回がありました(うち一つは昨年度の録画を視聴するe-learning)。

前のモジュール講義や、講義以外の活動については、別の日記で述べました:

感情的理解のためのアプローチ(池田貴子)

社会で起きている問題に関わるステークホルダーは常に多様です。そして、そのステークホルダーの数だけ「言い分」や「当たり前」があります。対立する他人同士が理解しあうのはとても難しいことです。相手の立場や考えについて、理由や理屈ではなく「腑に落ちる」たり納得することができれば、少しは互いの距離が縮まるかもしれません。本講義では、札幌市民を悩ませる「都市ギツネ」にまつわる問題について、各ステークホルダー(地域住民、都市公園管理者、行政、野生動物研究者、コミュニケーターなど)が、どのように歩み寄ろうとしているのか、CoSTEPでの実習活動も絡めた現在進行形の取り組みをご紹介します。

開講科目 – CoSTEP

モジュール4の初回は、CoSTEPスタッフの池田貴子(いけだたかこ)さんによる、リスクコミュニケーションなどについてのお話でした。

池田さんのお話は、これまでプレゼン実習やグラフィックデザイン実習でもお聞きしていましたが、今回改めて彼女の取り組む「都市ギツネ」と「エキノコックス」について解説いただきました。

ちなみにこの講義の少し前にも、札幌の月寒公園で、池田さんが担当するCoSTEP本科グラフィックデザイン班がイベントを開催していました(私は残念ながら参加できませんでした):

9月30日「月寒公園ピクニック」を開催します! | お知らせ | 月寒公園

池田さんのご経歴の話から始まってそれも大変面白かったのですが、本州の人には馴染みがあまりない「キツネ」「エキノコックス」について、まずその知識を学ぶ機会となり、その上で、じゃあ都市の中にいるそれらキツネと行政、市民、研究者らがどう付き合っていくのか、ご自身の取り組みをもとに論じられていました。

ちなみに池田さんらはその後11月にも、これに関連する話題のサイエンスカフェを開催されていました(私は未参加):

第132回サイエンス・カフェ札幌「キツネをなんとかしてほしいと思ったときに行く会 〜しかし、解決はしない。」を開催します – CoSTEP

サイエンスを想像するアートと、社会を創造するジャーナリズムの間にあるもの(森旭彦)

講演者は芸術大学でのメディア研究(修士)をバックグラウンドとするサイエンスライターであり、WIREDをはじめとする国内外のメディアで記事を発表してきました。それらの経験から、アートとジャーナリズムの間から、サイエンスと社会の関係性をとらえ、記述し表現するというスタイルで活動を続けています。本講義では自身の活動の紹介と、現代におけるサイエンスジャーナリズムの諸相、アーティストの社会批評性、そして次世代の調査報道を概観します。

開講科目 – CoSTEP

様々なメディアで執筆されているサイエンスライターの森旭彦(もりあきひこ)さんによる、アートとジャーナリズム、科学に関するご講演でした。

森さんはライターとして活動されたのちに、改めて2019年にロンドンへ留学して、芸術大学の大学院を卒業されました。その経験はエッセイにもなっており、それも大変興味深いです:

森さんが留学しようと思い立ったきっかけの一つが、2016年にスイスで開催された「サイバスロン」という「強化義体」の世界大会の取材だったそうです。そこでは、最先端技術の義手義足を纏ったり、脳波で機械を操ったりするアスリートたちが競い合っていました:

サイバスロンの記事が出版された後、僕は海外のメディアで報じられたものと、自分の仕事とを見比べた。そこには自分には見えていなかったものがたくさん書かれていた。そして、もっとやってみたいことがたくさん見えた。「この先へ、自分は行きたい」と強く感じたことを覚えている。ひとはそれを好奇心と呼ぶのかもしれない。でも実際には、そんな心地の良い感情ではなく、理由なき衝動としか形容できないものが心の中にあった。

連載「ロンドン・コーリング〜芸大生になったライターの「ロンドン紀行」〜」

2023-11-26追記: 講義では未公開の作品が紹介されていたのですが、これは12月に東京で開催される量子芸術祭 Quantum Art Festival 2/4で「アーティフィシャル・アドバイザリー 人工的な勧告―露骨な内容」として出展されるそうです:

飛躍的な進化を遂げる人工知能(AI)に、人間はどのように対処していくのか――人間の知性および創造性と AI の関係を創造的・批判的に検証するプロジェクト「アーティフィシャル・アドバイザリー」が量子芸術祭に参加する。今回の展示では、AI が生成した「量子コンピュータがある未来の社会」を作品を通して観客に提示する。描かれたその未来像をめぐって、さまざまな思考と議論が巻き起こるであろう野心的な探究である。この作品の形態は私たちの身近にあるものだが、それが何なのか、ぜひ来場して確かめていただきたい。

(AXIS谷口真佐子さんによる作品紹介文)

ちなみに、私と関心が近いのではないかとスタッフにお誘いいただいて、前夜に食事をご一緒させてもらったのですが、そこでも生成AIなどをはじめとした様々な話題をお話しできて楽しかったです。

講義の最後で森さんが「In between」と述べられていました。アップルのスティーブ・ジョブズも「テクノロジーとリベラルアーツの交差点」などと言っていたそうですが、私も、界隈のはざまこそが、最も面白いところだなあと強く思います。

巨大科学と実験室科学を対象とする科学技術コミュニケーションの実践と課題(笠田竜太)

本講義では、講師の専門である巨大科学(核融合炉)と実験室科学(材料工学)というふたつの分野における自らの科学技術コミュニケーション活動の事例を紹介しつつ、それらに存在する課題を対象とする科学技術のスケール感あるいは(非)日常性の観点から整理し、これらの位置づけと専門家であるがゆえのバイアスが科学技術コミュニケーターとしての活動に及ぼす影響の違いについて論じます。

開講科目 – CoSTEP

東北大学⾦属材料研究所(金研)の笠⽥⻯太(かさだりゅうた)さんによる、ご自身の様々な活動をもとにしたお話でした。

笠田さんはCoSTEP13期生(選科B)でもあり、そこでの学びも踏まえて、研究、科学技術コミュニケーション、科学技術行政に従事されています。金研の広報班長として活動されたり、行政のタスクフォースなどで専門家の立場から意見を述べたり、各所で様々なワークショップを開催されたりしているそうです。

ひとつ、問題意識として、一般向けイベントでの小学生向けコンテンツを大学教授などがやることは、リソースの利用として最適か、というような指摘がありました。

質疑応答でも話題に上がった、教育系YouTubeチャンネル「ヨビノリ」(予備校のノリで学ぶ「大学の数学・物理」)も、似たような問題意識を主張しています。このチャンネルでは、研究者へのインタビュー企画もあるのですが、そのコンセプトが「誰にでも分かる、ではなく、分かるようになりたい動画」とのことで、「人は、人が何かに夢中になっている姿が好き」「人は、必ずしも理解した時にだけ心が動かされるわけではない」などと言っていて、本当にそうだなよあと思いました。

分からなくてもいいアウトリーチ@日本物理学会 - YouTube

また、講義の最後に紹介された、「科学技術コミュニケーターに必要な素養」の図も興味深かったです。活動にはこのように多面的な能力が求められるのだな、専門性だけでは十分ではないなと改めて思いました:

「科学コミュニケーターに期待される資質・能力とその養成プログラムに関する基礎的研究」(小川ら, 2007), p.5「科学コミュニケーターに期待される資質・能力とその養成プログラムに関する基礎的研究」(小川ら, 2007), p.5

私自身は、明確な活動や課題感があってCoSTEPに参加したわけではないですが、このように実際に活動されている方からお話や悩みを聞くのは、学んでいることと具体が繋がり、参考になりました。

建築・都市におけるAIとビッグデータの可能性(吉村有司), e-learning

情報技術の進展は我々の生活と都市風景を根本的に変えつつある。このような科学と技術の進歩とそれが引き起こす変化は建築や都市のつくりかたに影響を与えるのだろうか?「データを用いたまちづくり」は我々の生活を豊かにするのだろうか?本講義では都市・建築にとってのサイエンスの意味を探っていく。

開講科目 – CoSTEP

建築家だけどコンピューターサイエンスでPhDを取ったという吉村有司(よしむらゆうじ)さんによる、計算機とデータを活用した都市計画に関するお話しでした。

私自身が現在専門としていること(位置情報・地理空間情報技術)とかなり関連することが多かったのもありますが、様々な取り組みが紹介されて、大変面白かったです。

最初に軽く紹介されたMITでの取り組み(ゴミにセンサーをつけてその移動を可視化するTrash | Track、マンホールにセンサーを入れてサンプリングし、病気の流行などを見るUnderworlds)も面白かったですが、講義のメインは、後述するバルセロナでの都市計画や、データからの定性分析などについてでした。

講義では一貫して、「歩行者中心のまちづくり」の重要性について強調されていました。次の図を思い出します:

Karl Jilg / Swedish Road AdministrationKarl Jilg / Swedish Road Administration (cf. This brilliant illustration shows how much public space we’ve surrendered to cars - Vox)

まず彼が長年取り組んだ、バルセロナのスーパーブロック(9つのブロックをまとめて、その内側を歩行者空間へ)が解説されました。これは実証実験を経て、閣議決定されて数年後には実施されるそうですが、街路の61%を転換、パブリックスペースが270%増(!)となるそうです。

他には、「緑視率のマッピング技術」(Google Street Viewのデータを機械学習モデルでセグメンテーションして算出。航空写真より歩行者の認知と即する)や、「日陰ルート探索アプリの開発(HIKAGE FINDER)」(Google Street ViewやGo Pro、Mapillaryのデータをセグメンテーションし、太陽の軌跡をシミュレーションして、最短経路探索で重み付け)といった事例も紹介されました:

第15回:HIKAGE FINDER AIを用いた日陰検索アプリ | 新建築オンライン

先に挙げたバルセロナの例では当初、現地の小売店・飲食店からの猛反対があったそうです。しかし、歩行者空間化の効果を示す先行研究がなかった。このような経緯もあり、ご自身で都市の様々な定量分析を行なったそうです。

例えば、ジェイン・ジェイコブズ『アメリカ大都市の死と生』で論じられる「都市多様性」について、グリッド単位で何種類のお店がどれくらいあるかをもとに、単なる密度分析ではなく、生物の種の多様性指数(Shannon-Weaver)を用いて定量化したそうです。これをスペイン50都市で見たところ、多様性が高いエリアでは小売店・飲食店の売り上げが向上するという相関関係が見られたそうです:

ビッグデータを用いた都市多様性の定量分析手法の提案~デジタルテクノロジーでジェイン・ジェイコブズを読み替える~ | 東京大学 先端科学技術研究センター

また他には、OpenStreetMap(”地図のWikipedia”)のデータ収集技術(いつ用途転換されたかなど)をもとに、歩行者空間化の経済効果を定量分析したところ、売り上げが向上するという結果が見られたという研究も紹介されました:

街路の歩行者空間化は小売店・飲食店の売り上げを上げるのか、下げるのか?~ビッグデータを用いた経済効果の検証~ | 東京大学 先端科学技術研究センター

経済効果の次は、JST事業に採択された個と場の共創的Well-Beingで、心理学者らとも協力し「幸福度」について測ろうと取り組んでいるそうです。

「データを用いたまちづくり」の様々な実例と可能性が紹介されました。どれも大変興味深い取り組みで、またそれが、コンピューターとデータによって可能となっているというところが、私の興味とも重なっていました。このように技術を別の分野に応用して、これまでできなかったことをやるのは、とても刺激的だと私は思います。In betweenですね。

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もうすぐ12月、2023年も終わりです。雪降る札幌で引き続き、やっていきます 🏂